小田急・箱根登山鉄道:箱根湯本駅の由来・逸話|天下の険を穿つ現代の「宿場町」!ロマンスカーが滑り込む、伝統と先進が融合した国際観光の巨大な大門

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みなさん、こんにちは!「駅の歴史回廊|鉄道駅の由来と知られざる歴史逸話」へようこそ。

今回スポットを当てるのは、東京からわずか70数分、列車を降りて一歩ホームに立った瞬間から、せせらぎの音とともに濃厚な温泉情緒が旅人を優しく包み込む、日本屈指のメガ観光ターミナル。

神奈川県足柄下郡箱根町にある、小田急電鉄・箱根登山鉄道の「箱根湯本(はこねゆもと)駅」です!

日本を代表する温泉郷「箱根」の絶対的な表玄関として、毎日国内外から信じられないほどの数の旅人を迎え入れるこの駅。

出迎えてくれるのは、早川の渓谷に沿うようにして建てられた、巨大で近近代的ながらも、どこか木造の宿場町のような温もりを残した大屋根の巨大ステーションです。

誰もが利用する箱根の超メジャーな拠点ですが、実はこの箱根湯本駅が現在の洗練された姿となり、ロマンスカーと登山電車が完璧な連携を見せる一大拠点になるまでには、かつて東海道の難所「天下の険」に挑んだ先人たちの壮絶な土木技術の歴史と、小田急と箱根登山、そして西武グループをも巻き込んだ「箱根山戦争」と呼ばれる熱き輸送競争のドラマが隠されているんです。

今回は、この活気あふれる名駅の誕生秘話から、異色すぎる線路構造の秘密、そして多くの旅人を魅了してやまない歴代「ロマンスカー」との深い絆まで、どこよりも深く、詳しく徹底解剖します!

これを読めば、次に新宿や小田原から最新の特急に揺られて箱根湯本駅に降り立ったとき、頭上を覆う巨大なドーム屋根や、足元で分岐する複雑なレールが何倍もドラマチックに感じられるはず。

それでは、伝統と革新が美しく交差する名駅へ、さっそく歴史の旅に出発しましょう!





1. 箱根湯本駅の誕生と、天下の険に挑んだ鉄路のフロンティア

1-1. 1888年開業:小田原馬車鉄道から始まった、温泉地への足跡

箱根湯本駅の歴史の扉が開かれたのは、明治時代の中期、1888年(明治21年)10月1日のことです。当時は「小田原馬車鉄道」という、その名の通り馬が客車を引いてレールの上を進む軌道の終着駅「湯本駅」として開業しました。

古くから東海道の要衝であり、江戸時代には「箱根七湯」として知られた一大温泉地だった箱根ですが、当時は小田原から湯本へ向かうだけでも、険しい道を徒歩や人力車、あるいは籠(かご)で進むしかない陸の孤島でした。

馬車鉄道の開通、そして1900年(明治33年)の日本初となる本格的な電気鉄道(路面電車)への脱皮によって、湯本へのアクセスは劇的に向上します。

これにより、湯本は単なる「箱根の入り口」から、「誰もが気軽に訪れられる大温泉リゾート」へと急速に変貌を遂げていくことになります。

1-2. 1919年:険山を登る「箱根登山鉄道」の本格開通と駅の確立

現在へと繋がる本格的な普通鉄道としての「湯本駅」が確立されたのは、1919年(大正8年)6月1日のことです。

箱根登山鉄道(当時は小田原電気鉄道)が、現在の小田原駅から強羅駅までの全線を本格的な山岳鉄道として開通させた際、その重要な中間拠点・山登りのスタートラインとして現在の場所に近代的な駅舎とホームが整備されました。

大正から昭和初期にかけて、駅周辺には大型の木造旅館が次々と建ち並び、宮ノ下や強羅といった奥箱根のリゾートへ向かう乗客と、湯本温泉で旅の汗を流す人々で駅は昼夜を問わず大賑わいを見せるようになります。

1935年(昭和10年)には駅名を現在の「箱根湯本駅」へと改称し、名実ともに箱根の顔としての地位を確立しました。

2. 宿命の「箱根山戦争」と、小田急ロマンスカーの直通ドラマ

2-1. 小田急の参入と、ライバル達が火花を散らした輸送競争

箱根湯本駅の歴史をドラマチックに塗り替えた最大の出来事が、1950年(昭和25年)8月1日から始まった「小田急電鉄の車両による箱根湯本駅へのダイレクト直通運転」です。

昭和20年代から30年代にかけて、箱根を舞台に、小田急グループ(箱根登山鉄道側)と西武グループ(伊豆箱根鉄道・駿豆鉄道側)が、観光客のシェアを巡って激しい覇権争いを繰り広げました。これが世に言う「箱根山戦争」です。

後発ながら東京・新宿からの圧倒的な集客力を狙う小田急は、それまで小田原止まりだった自社の特急列車を、そのまま箱根登山鉄道の線路に乗り入れさせて箱根湯本まで一気に直通させるという、当時としては極めて大胆な作戦を計画します。

この直通運転の開始により、新宿から乗り換えなしで箱根の温泉街へアクセスできるようになり、箱根湯本駅は「小田急の事実上の終着駅」としての強烈なキャラクターを得ることになったのです。

2-2. 技術の結晶:規格の異なる線路を繋いだ「三線軌条(さんせんきじょう)」

しかし、この直通運転を実現するためには、鉄道技術における巨大な壁を乗り越えなければなりませんでした。

小田急の線路の幅(ゲージ)は一般的な在来線と同じ1,067ミリメートル(狭軌)だったのに対し、山岳鉄道である箱根登山鉄道の線路の幅は新幹線と同じ1,435ミリメートル(標準軌)という、全く異なる規格だったのです。

そこで先人たちが導き出した驚異の解決策が、1本の線路の外側にもう1本レールを敷き、3本のレールで両方の車両を走らせる「三線軌条(三線軌)」という特殊構造でした。

小田原駅から箱根湯本駅までの区間にこの三線軌条が敷設されたことで、小田急の巨大なロマンスカーと、箱根登山の小ぶりな赤い電車が同じホームに並ぶという、世界でも類を見ない奇跡の鉄道風景が誕生しました。

なお、時代の変遷とともに運用の効率化が進められ、2006年には小田原〜箱根湯本間の普通列車が小田急の車両へと統一されたことで、現在同区間の三線軌条は一部の入庫・回送用を除いて撤去されていますが、この技術的な挑戦が箱根湯本駅の地位を絶対的なものにした歴史に変わりはありません。

3. グッドデザイン賞に輝く「現代の宿場町」と、機能的な高架構造

3-1. 2009年完成:早川の自然と調和する、開放的なペデストリアンデッキ

長年、観光客の増加に伴う駅前の混雑やバス・タクシーとの輻輳(ふくそう)が課題となっていた箱根湯本駅ですが、2009年(平成21年)に全面改築が行われ、息をのむほど美しく機能的な新駅舎へと生まれ変わりました。

新駅舎の最大の特徴は、駅の目の前を流れる早川の美しい自然や、箱根の歴史ある「宿場町」の風情を現代風にアレンジしたデザインです。

改札口がある2階フロアから、道路をまたいで温泉街のメインストリートへと繋がる巨大なペデストリアンデッキ(歩道橋)がシームレスに整備され、大型のガラス壁からは箱根の山々と清流を一望できます。

この優れた意匠性と観光地としての高い機能性が評価され、同年の「グッドデザイン賞」を受賞しました。

3-2. 大型特急を飲み込む、大屋根に包まれた「1面4線」のターミナル

駅の構造は、地上2階(一部高架)の「1面4線」という非常にコンパクトながら、極めて効率的なレイアウトを持っています。

ホーム全体を覆うようにかけられた巨大なアール(曲線)を描くドーム状の大屋根は、雨や雪の日でも旅人を濡らすことなく、リゾート地ならではの圧倒的な開放感を演出しています。

ホームの新宿側(小田原方)には、10両編成の大型ロマンスカー「GSE(70000形)」や「MSE(60000形)」が堂々と停車し、そのすぐ先(強羅方)の切り欠きホームには、急勾配に挑むための天下の険の番人・箱根登山の赤い電車がちょこんと待機している。

この「先進のハイテク特急」と「クラシカルな山岳電車」が、同じ1本のホーム上で背中合わせに接続する絶妙な構造こそが、箱根湯本駅が誇る機能美の極みです。

4. 四季を彩る箱根湯本:時間と自然が織りなす圧倒的な絵巻物

4-1. 春の桜と初夏の「あじさい電車」:色彩が爆発するホーム

箱根湯本駅の周辺は、四季折々で劇的かつ絵画のような色彩の変化を見せてくれます。

春には駅の裏手を流れる早川沿いの桜が一斉に咲き誇り、ロマンスカーの車窓を鮮やかなピンク色に染め上げます。

そして6月に入ると、箱根湯本駅を起点とする箱根登山鉄道は、沿線に咲き乱れるアジサイの中を縫うように走る、名物「あじさい電車」のシーズンを迎えます。

夜間にはライトアップされたアジサイが幻想的に浮かび上がり、そのロマンチックな旅へと向かう乗客たちで、箱根湯本駅のホームは独特の華やかさと熱気に包まれます。

アジサイの瑞々しい紫や青が、駅のモダンな大屋根と見事に調和する、1年で最も活気あふれる季節の一つです。

4-2. 秋の紅葉と冬の湯煙:冷涼な空気の中で映える情熱の赤

秋が深まると、駅を取り囲む外輪山の木々が赤や黄色に激しく紅葉し、駅の大きなガラス窓はそのまま巨大な自然の額縁へと変わります。

そして冬、箱根山頂や大涌谷から吹き下ろす冷たい風が湯本の街を包み込む頃、駅周辺の温泉街からは、あちこちの老舗旅館から真っ白な湯煙が立ち上ります。

新宿からの冷え切った外気を浴びて到着したロマンスカーから降り立った乗客が、駅舎の温かい光に迎えられ、そのまま目の前の温泉街へと吸い込まれていく。

この一連のストーリーすべてが、明治時代から続く箱根湯本駅のおもてなしの歴史そのものなのです。

5. 箱根湯本駅の逸話【番外編】

5-1. 改札を出たらそこは誘惑の迷宮!名物「箱根市場」とエヴァンゲリオンの聖地

箱根湯本駅の改札を一歩出ると、目の前に広がるのは東武日光駅や由布院駅をも凌ぐほどの活気あふれるショッピングエリア「箱根登山みやげ 湯の里(箱根市場)」です。

箱根名物の「温泉饅頭」が蒸される温かい湯気、香ばしい「ひもの」を焼く匂い、そして伝統工芸品である「箱根寄木細工」が所狭しと並び、旅人を一瞬で虜にします。

また、箱根(旧足柄下郡箱根町周辺)は、世界的に大ヒットしたアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の舞台である「第3新東京市」のモデルであることから、駅構内には公式ショップ「えヴぁ屋」が常設されており、アニメファンにとっては聖地巡礼のスタートラインとしての顔も併せ持っています。

5-2. 標高96メートルから541メートルへ:山登りの「覚悟」を決める場所

小田原駅(標高14メートル)からなだらかに登ってきた線路は、この箱根湯本駅に到着した時点で「標高96メートル」に達しています。

しかし、ここからの箱根登山鉄道の本番は、そんな生易しいものではありません。

次の塔ノ沢駅を経て終点の強羅駅(標高541メートル)まで、日本の粘着式鉄道(アプト式などを除いた普通のレール走行)としては最高峰となる「80パーミル(1,000メートル進む間に80メートル登る)」という信じられないほどの急勾配に挑むことになります。

箱根湯本駅は、まさにその過酷な山登りに挑む電車たちが、ブレーキの点検を行い、砂撒き装置を確かめ、乗客とともに山へと挑む「覚悟を決める場所」。

駅のホームで響く、強固な鉄の軋み音やコンプレッサーの音は、天下の険に挑む山岳駅ならではの誇り高き勲章なのです。

5-3. 人車鉄道から始まった壮大なモビリティの系譜

馬が客車を引く馬車鉄道の前には、なんと人間が客車を押す「人車鉄道(じんしゃてつどう)」という形態がこの地を走っていた時期もありました。

数人の車夫が汗を流しながら、湯本へ向かう旅人を乗せた小さな客車を必死に押していた時代。 それから130年以上の時を経て、現代では流線形のハイテク特急が静かに滑り込み、スイッチバックを繰り返す最新の登山電車が山を登り、駅前からは網の目のようにハイブリッドバスが発着しています。

箱根湯本駅の歴史は、日本の乗り物・モビリティが遂げてきた進化の縮図そのものであると言えます。

6. 結び

小田急電鉄・箱根登山鉄道の箱根湯本駅に隠された、数々の歴史や知られざるドラマはいかがでしたでしょうか?

ただ東京から箱根に行くための、便利で綺麗で賑やかな乗換駅だと思っていた場所が、明治の馬車鉄道・人車鉄道から続くフロンティアスピリット、昭和の「箱根山戦争」という熱きプライドが残した三線軌条の奇跡、そして「現代の宿場町」としてグッドデザイン賞にまで輝いた圧倒的な建築美の結晶によって形作られた場所だと知ると、その大屋根の佇まいが何倍も誇らしく、深く見えてきますよね。

効率性とスピードで都心から人々を運び、到着した瞬間からは、一転してスローで贅沢な温泉情緒へと旅人をシームレスに誘う箱根湯本駅。

次にロマンスカーを降りてこの活気あふれるホームに降り立ったときは、ぜひすぐにバスやタクシーへと急ぎ足になるのではなく、一度立ち止まって、頭上の美しいドーム屋根を見上げ、早川のせせらぎと温泉街の温かい空気を五感で感じてみてください。

東海道の時代から人々を癒やし続けてきた箱根の底知れぬ魅力が、この素晴らしい駅のホスピタリティとともに、みなさんの旅を最高にドラマチックな物語へと仕立て上げてくれますよ。

それでは、今回の「駅の歴史回廊」はここまでとなります。

この記事が、みなさんの箱根への新しい鉄道旅の素敵なきっかけになればこれ以上嬉しいことはありません。また次回の駅の歴史旅でお会いしましょう!

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