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東急:横浜駅(神奈川県横浜市)の由来・逸話|「日本一の巨大迷宮」の歴史と、東横線が紡いできたヨコハマの物語

東急横浜駅 3関東

みなさん、こんにちは!「駅の歴史回廊」へようこそ。

今回取り上げるのは、神奈川県横浜市西区に位置し、日本を代表する巨大なメガターミナルでありながら、今なお進化を続ける「横浜駅(よこはまえき)」です。

日本全国の鉄道駅には、その街の近代化の歴史そのものを背負い、幾度もの移転や路線網の拡大を経て巨大化していった特別な停車場が存在します。

そのなかでも、東急東横線の終着駅(および現在はみなみみらい線への直通拠点)として、東京と横浜を結ぶ大動脈の心臓部であり続け、常に「日本のサグラダ・ファミリア(終わらない工事)」と称される謎多き巨大迷宮・横浜駅。

この駅が歩んできた道のりは、まさに日本の近代交通史そのものです。

今回は、横浜という地名が生まれた驚きの歴史、初代から数えて実に4代目となる「横浜駅の移転のドラマ」、東横線がもたらした都市の発展、そして現代の街並みと交差する横浜駅の知られざる逸話を、どこまでも深くお届けします。





1. 横浜駅の誕生と歴史

1-1. 幻の「本横浜駅」と高島町駅の誕生

昭和初期(1928年)、現在の東急東横線の前身である東京横浜電鉄が東横線の神奈川〜横浜間を延伸させた際、当時の国鉄横浜駅の隣に「高島駅」という駅(地上駅)が設置されました。

東急は当時建設中だった国鉄「3代目横浜駅(現在の場所)」への乗り入れを計画していましたが、国鉄横浜駅の完成(同年10月)よりも先に東急側の線路が完成してしまいました。
そのため、新・横浜駅の開業を待つ間の暫定的な終着駅として、2代目横浜駅(関東大震災で焼失)の跡地近くにこの駅を設置したのです。

1-2. わずか3ヶ月で「本横浜駅」へ改称

開業からわずか3ヶ月後の1928年8月3日、駅名を「本横浜(ほんよこはま)駅」に改称します。
改称の理由は、国鉄にすでに存在していた貨物駅の「高島駅」との混同を避けるためでした。

また、「かつて2代目の横浜駅がここ(高島町交差点付近)にあった」という歴史から、「こここそが本来の横浜の doorstep(玄関口)である」という意味を込めて「本横浜」と名付けられたと言われています。

1-3. 国鉄「横浜駅」の開業と東急「横浜駅」の誕生

1928年10月15日、現在の場所に国鉄の3代目横浜駅が営業を開始します。これに合わせて東急も新駅舎へと乗り入れ、東急の「横浜駅」が正式に誕生しました。

これに伴い、終着駅としての役割を終えた「本横浜駅」は、横浜駅の隣にある一中間駅となりました。隣に「本横浜駅」があるのは乗客にとって非常に紛らわしくなったため、1931(昭和6)年1月20日に地名に合わせた「高島町(たかしまちょう)駅」へと再改称されました。

2. 「みなとみらい線との相互直通運転」に合わせて行われた地下化

2004(平成16)年の東急東横線横浜駅の地下化は、横浜の街の勢力を塗り替える巨大プロジェクト「みなとみらい線との相互直通運転」に合わせて行われた、日本の鉄道史に残る大転換劇でした。
それまでの2階にあった高架ホームから、一気に地下4階(深さ約22メートル)の新ホームへと移設され、長年親しまれた地上区間が姿を消しました。
この地下化がどのように行われ、何が変わったのか、その詳細を3つのポイントで解説します。

2-1. なぜ地下化したのか?(経緯)

地下化の最大目的は、横浜の新しい中心地として開発が進んでいた「みなとみらい21地区」や元町・中華街エリアへのアクセスを強化するためです。

それまでの東横線は、横浜駅からそのまま地上を走り、高島町駅を経て桜木町駅を終着駅としていました。

しかし、みなとみらい地区を通って元町方面へ向かう新線(みなとみらい線)を地下に建設することが決定。東横線をこれに直接つなぎ込むため、横浜駅の手前(東白楽駅付近)から線路を地下へと潜らせることになりました。

これに伴い、横浜〜桜木町間(約2.1km)の地上区間は2004年1月30日の終電をもって廃止されました。

2-2. 「一晩」で線路を地下へ沈めた驚異の切り替え工事

このプロジェクトで最も有名なのが、2004年1月30日の終電から1月31日の始発にかけて行われた「一夜限りの大切り替え工事」です。

通常なら何日も運休を挟むような大規模工事ですが、東急は独自の「STRUM(ストラム)工法(直上直下切替工法)」を採用しました。

    • 地上で普段通り電車を走らせながら、その真下に新しい地下トンネルと線路を建設しておく。
    • 1月30日の終電が通過した瞬間、数千人の作業員が一斉に出動。
    • 地上の線路をジャッキなどで一気に引き下げ(または撤去し)、地下から伸びてきた新しいスロープの線路とドッキングさせた。

この緻密な計算と職人技により、翌1月31日の朝には、何事もなかったかのように地下化された新しい横浜駅に一番列車が滑り込みました。

2-3. 歴史的な「空白の1日」と開業

地下化された翌日の1月31日の1日間だけ、東横線は「横浜駅止まり」として運行されました。

桜木町への地上線は前夜に途切れており、みなとみらい線は翌日開業だったため、横浜駅の地下4階ホームで電車が折り返すという、歴史上たった1日だけの珍しい運用が行われたのです。

そして明くる2004年2月1日、みなとみらい線が正式に開業し、渋谷から元町・中華街までの「相互直通運転」が華々しくスタートしました。

JR線や京急線と同じフロア(2階)にあった東横線が地下4階に潜ったため、他線への乗り換えには少し上下の移動(時間がかかるように)なりました。一方で、みなとみらい線とは同じホームで直通できるようになりました。

3. 地名のミステリー:「横浜」という名前の由来と、かつての小さな村の物語

横浜駅の最大のトピックであり、世界中にその名が轟く「横浜(よこはま)」という名称の由来と、この地域が持つ歴史的背景には非常に面白いルーツがあります。

3-1. 地名「横浜」のルーツと、文字通りの地形

「横浜」の地名のルーツは、かつての海(入江)の中に横に長く伸びていた砂州(さす:波や潮の流れで運ばれた砂が堆積してできた地形)の形状に由来します。

現在の伊勢佐木町から吉野町駅にかけてのエリアに、横方向へ伸びる砂浜(洲)があったため、「横浜」と呼ばれるようになりました。

「横浜」という地名は、室町時代中期の1442(寛吉2)年の文書に「横浜村」という名前が初めて登場しました。

3-2. ペリー来航と、日本の近代化をリードした港町

横浜の歴史を語る上で欠かせないのが、1853年のペリー来航とそれに続く横浜港の開港です。

江戸時代までは、数軒の農家や漁家が暮らす静かな寒村に過ぎなかったこの場所が、幕末の開港をきっかけに日本最大の貿易都市・近代都市へと急速に発展しました。

「横浜」は、日本と世界を結ぶ窓口となり、鉄道、ガス灯、西洋文化が次々と上陸する日本の近代化の最先端ステージとなりました。

東横線をはじめとする鉄道網の敷設は、その横浜の発展をさらに加速させる最大の原動力となったのです。

4. 東急横浜駅の逸話【番外編】

歴史の表舞台の裏側にひっそりと隠された、しかし横浜駅の魅力を何倍にも深めてくれるユニークで心温まるエピソードをご紹介します。

4-1. 「日本のサグラダ・ファミリア」!終わらない大工事の伝説

横浜駅は、常にどこかで改修工事や再開発が行われていることで有名です。

その複雑に入り組んだ構造と、工事が絶えない様子から、ネットや鉄道ファンの間では「日本のサグラダ・ファミリア(いつまでも完成しない建築物)」というユーモラスな異名で愛されています。

迷宮のような地下街を含め、探検する楽しさに満ちた駅です。

4-2. かつての東横線「高島町駅」の思い出

かつて、現在の横浜駅と桜木町駅の間には「高島町駅(たかしまちょうえき)」という地上駅が存在していました。

東横線が横浜から桜木町へ抜ける途中にあったこの駅は、昭和のレトロな雰囲気を色濃く残すスポットとして鉄道ファンに惜しまれつつ、2004年の地下化・みなとみらい線開業に伴いその歴史の幕を閉じました。

4-3. 線路跡の活用

東急東横線の旧横浜駅の地上線路跡は、JR横浜タワーやJR横浜鶴屋町ビルの敷地、および駅のホーム拡幅などに利用されました。

2004年のみなとみらい線開業に伴う地下化・廃止後、横浜駅周辺の地上跡地は再開発され、大規模な駅ビルや歩行者通路へと生まれ変わっています。

また、東白楽駅〜横浜駅の地下化区間上部は東横フラワー緑道という遊歩道として整備されていますが、横浜駅〜桜木町駅の廃線跡は一部を除いて未利用のまま高架橋が残るなど、場所によって活用状況が異なっています。

5. 結び:砂州の小さな村から世界の港町へ、未来へ走り続ける不滅のメガターミナル

かつての静かな「横に長い浜」の漁村から、幕末の開港、そして初代から4代目へと続く度重なる駅の移転や関東大震災の試練を乗り越えて進化を続け、日本を代表する巨大迷宮・メガターミナルへと成長を遂げた東急東横線・横浜駅。

そこは、地形が育んだ自然の歴史、近代交通網の敷設がもたらした都市の飛躍、そして毎日をエネルギッシュに駆け抜ける電車たちの躍動感が、完璧なハーモニーを奏でる奇跡のような空間です。「横浜」という世界的な名前に胸を躍らせながらホームに立てば、そこには港町の潮風と、未来へ向かって新しいトレンドを創り出す人々の確かな気配があなたを優しく包み込んでくれるでしょう。

もし皆さんが日々の慌ただしい日常から離れ、世界を魅了する港町の風景や、その裏に眠る深い歴史の物語を味わいたくなったときは、ぜひこの東急の横浜駅を訪れてみてください。改札口を出たその瞬間に広がる、時空を超えた文化と歴史のエッセンスが、きっとあなたの心に忘れられない最高の思い出を刻んでくれるはずです。

駅の歴史を知れば、旅や日常の移動はもっともっと深くなる。 これからも皆さんと一緒に、今は静かに、しかし熱い物語を秘めた日本の駅の数々を巡る旅を続けていきたいと思います。 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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